7 アンデルセンの母に学ぶ、自信を育てる“ほめる”教育(1)
今回からは「アンデルセンの母に学ぶ、自信を育てる“ほめる”教育」と題してお話ししていきましょう!
皆さんご存じの童話の王様、アンデルセンは数々の童話を世に送り出しました。
アンデルセンは多難な人生を送りましたが、70歳で永眠したときには、国葬として葬られています。
「みにくいアヒルの子」はアンデルセンの自伝的作品であり、「マッチ売りの少女」は母親の幼い日の姿をもとに書いた作品だと言われています。
アンデルセンの母は極貧の家で育ち、子ども時代“物乞い”に出されていました。
しかし、見知らぬ人に声をかけることも出来ずに、一日中泣いていたそうです。
貧しさのために教育を受けられなかった母は、文字の読み書きも出来ませんでした。
しかし、やさしい愛情に満ちた心の持ち主で、息子のアンデルセンを熱愛していました。
アンデルセンの母親は、
「息子は天賦の才能を持っている」
と信じて疑いませんでした。
彼女は、息子のことを生涯ほとんど“偶像”のようにあがめ、誇りにしています。
息子の才能を信じて疑わなかった母親の存在は、アンデルセンに自信を植え付けました!
それでは、具体的にはどのようにしてアンデルセンの母親は“ほめる”教育で自信を育てていったのでしょうか?
次回はそれについてさらに詳しくお話をしていきたいと思います!
皆さんご存じの童話の王様、アンデルセンは数々の童話を世に送り出しました。
アンデルセンは多難な人生を送りましたが、70歳で永眠したときには、国葬として葬られています。
「みにくいアヒルの子」はアンデルセンの自伝的作品であり、「マッチ売りの少女」は母親の幼い日の姿をもとに書いた作品だと言われています。
アンデルセンの母は極貧の家で育ち、子ども時代“物乞い”に出されていました。
しかし、見知らぬ人に声をかけることも出来ずに、一日中泣いていたそうです。
貧しさのために教育を受けられなかった母は、文字の読み書きも出来ませんでした。
しかし、やさしい愛情に満ちた心の持ち主で、息子のアンデルセンを熱愛していました。
アンデルセンの母親は、
「息子は天賦の才能を持っている」
と信じて疑いませんでした。
彼女は、息子のことを生涯ほとんど“偶像”のようにあがめ、誇りにしています。
息子の才能を信じて疑わなかった母親の存在は、アンデルセンに自信を植え付けました!
それでは、具体的にはどのようにしてアンデルセンの母親は“ほめる”教育で自信を育てていったのでしょうか?
次回はそれについてさらに詳しくお話をしていきたいと思います!
この記事の監修者
監修者プロフィール
大坪 信之 (おおつぼ のぶゆき)
株式会社クラ・ゼミ 顧問
コペルメソッド エバンジェリスト
1963年福岡県生まれ。 幼児教室コペル共同創業者・ コペルメソッドエバンジェリスト。 福岡大学人間関係論非常勤講師。 一般社団法人徳育学会会長。 日本メンタルヘルス協会公認カウンセラー。 ユネスコ Inclusive Policy Lab専門家。
幼児教室コペルの創業以来、 30年以上にわたり心の教育を志し、 様々な研究に取り組み続けている。



